ノエル・アシェッタ


テディとのデートの待ち合わせに妙に色っぽい格好をした女が現れた。

いきなりぼくとは「背中のホクロを数えあった仲」だとか、

とんでもないことを言い出す。



こっちはこんなやつ見たこともないし、テディから知り合いか?

と聞かれたときには即座に否定するつもりだった。

だけど、何か不思議な感覚がする。容姿に見覚えはないけれど、

この雰囲気のようなものはどこかで知っている...。



などと、ぼぉっと考えているうちに、彼女を知っていると答えてしまったらしい。

テディはぼくの頬を張ると怒って帰ってしまった。

そりゃあ当たり前だわな。



ノエル・アシェッタと名乗るその女は、人のプライベートを引っ掻き回して

おいて満足そうに帰っていった。なんなんだ、あいつは?



しかし、どうにもあの不思議な雰囲気が気になる。

ぼくは何度か彼女をデートに誘ってみた。



彼女はというと、もう見事に色ボケ、そのことばがぴったり来るような変な女。

だけど、会うたびにますますあの不思議な感覚は強まっていく。

ぼくは彼女を知っている。彼女も僕を知っている..。



その感覚のとおり彼女はときおりドキリとするような発言を繰り返す。

ぼくのことをほんとに良く知っているようなのだ。

ぼくとピコ以外は知らないはずのすごく細かなことまで。

彼女はいったい何者なのだろう。



出会ってから半年ほどたった3/8、ノエルからの手紙が届く。

旅に出るので会えなくなると。今日会ってそのことを話したいということだ。

いきなりどうしたのだろう。とにかく会いに行ってみよう。



そういえば、出かけるときのピコの様子がなんかおかしい。



そうそう、ピコっていうのはいつもいっしょにいるぼくの相棒。

ずっとむかしからいつも一緒にいる。だけど実は正体はわからない。

妖精のような姿をしてぼくの周りを飛び回っているけど、ほかの人には

姿が見えないようなのだ。



さて問題のピコだけど、妙に出かけることを薦める様子だったし、

出掛けには機嫌良くいってらっしゃ〜い、だもんなぁ。なんか調子狂うよ。

それにいつもはどこにでも一緒に出かけていなかったか?



まあいい、とりあえず約束のトレンツの泉に行ってみよう。



泉で落ち合い、ノエルの話を聞く。

来週、急に旅に出ることになったらしい。なんとも急な話だ。

こっちにはまだまだいろいろ聞きたいことがあったのに。



旅に出てしまうと多分二度とあえないだろうという。

そこで旅に出る前、3/15にもう一度会っていろいろな話をしたいと。

ぼくのほうも彼女には確認したいことがたくさんあったから断る理由はない。

来週もう一度ここで会うという約束をした。



別れ際、彼女は来週もう一度会えるよう祈ろうと、泉にコインを投げ入れた。

そんな大袈裟な、と彼女のしぐさを笑おうと思ったが、彼女のいつもとは

違った硬い表情がぼくにそれを思いとどまらせた。



いったい来週、彼女は何を打ち明けてくれるのだろう?



--

3/15、約束の時間、泉にまだノエルはきていない。

しかし、多分今日が最後になるという言葉がどうしても気になる。



いろいろ考えてみると彼女には不思議な点が多すぎる。

デートの途中で急におかしな台詞を残して消えてしまうとか、

なによりも、あまりに僕のことを良く知りすぎている。

自分でも忘れかけていたようなことまで彼女の口から出てきて、

ドキッとさせられたりもする。



どこかで知っているような気がするあの不思議な雰囲気、そして先週彼女に会いに

出かけるときのピコの態度のおかしさ。

もやもやした頭の中で一つの考えが形を作り始める、その時。



「おまたせぇん」



いつもの、間延びしたようなノエルの声。

だが、振り向くとそこにいたのはノエルではなくピコだった。



不思議と驚きはなかった。すごく自然に状況を受け止めている自分がいた。

彼女が現れる前、形を成しかけていた予感。パズルの最後のピースが

正しい位置に納まった。



やっぱりそうだったのか。どう考えてみてもピコ以外にぼくのことを

あそこまで知っている存在はいないはずなのだ。



「きてくれてありがとう。

  もうわかってたかもしれないけど、ノエルってわたしだったの。

  ほんとのノエルには悪いことしちゃった。勝手に体を借りちゃって。

  ごめんね。だますようなことするつもりじゃなかったの。」



それはいいさ。

でも、なぜ?



「最後に、きみとわたしとで恋愛ってできるのか確かめてみたかったんだ。

  きみはわたしとの出会いのことをおぼえている?

  おぼえてないよね。おぼえているわけがないの。わたしはきみなんだもの。」



!!そんな!



しかし、確かにピコの言うとおりだった。気がつくといつのまにかピコは

僕のそばにいたのだ。いつどのように出会ったかという記憶は全くない。



「わたしはきみのさみしい心が生み出した存在。

  だけど、きみがわたしのことを常に意識しているうちに、きみとは

  別の存在になってしまった。」



「きみがいつもわたしの存在を意識してくれていたのはうれしかったよ。

  だけどわたしはほんとうは存在しないもの。

  いつまでもきみがわたしに依存していちゃいけない、

  だからもう終わりにしなくちゃって思ったの。」



それって...。

このあいだノエルの声を通して言った、今日で最後になるという言葉といい、

まさか、まさか...。



「人と付き合っていくともちろんいやなこともあるよ。

  だけど、人は人の中で生きていかなくちゃいけない。だから...。」



そこから先は声にならなかった。

ぼくも同じ気持ちだった。だって、ピコはぼくと同じものなのだから。

たしかにピコの言っていることは正しいと思うし、よく理解もできた。

だけど、だけど..。



ピコがやっと絞り出すように声を出し、問いかけてくる。



「最後に一つ聞いていい?

  わたしときみ、ちゃんと恋愛できていたかな。」



そんなのきまってるじゃないか。

最初に見たときから不思議な気持ちがしていたし、現にいまだってこうして...。



そんなぼくの言葉にわりこむようにピコは近づいてきて、頬にキスをした。

そして一言、



「ありがとう、そしてさよなら」



その言葉を残して、ふっと空にとけるように消えてしまった。

彼女が本当に存在しなくなったということは、なぜかはっきりとわかった。

胸の中にぽっかり大きな穴が出来てしまったような気がした。



いかにピコが自分の中で大きな存在を占めていたか、頼っていたのか、

今になってようやく分かった気がした。

少し泣けた。



だけど、ぼくは振り返り、胸を張り、そして顔を上げて歩き出す。

人のなかへ。人々の輪の中で生きていくために。



そして、ピコとの最後の約束を果たすために..。


Original Copy Right by KONAMI,1998.
Copy Right of this Story by azure,1998.
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