ソフィア

目次
  • 出会い
  • 戦争
  • 彼女の身の上
  • オーディション
  • ソフィアの修学旅行
  • 平和な日常そして五月祭
  • 決戦の予感
  • 収穫祭
  • クリスマスイブ
  • シルベスター
  • ソフィアの入院
  • 決戦
  • ソフィアの決断
  • 明日を夢見て

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    出会い

    
    ふぅ、ようやくドルファン港か。
    
    これでやっと船酔いともおさらばできるな。
    
    
    
    この国は今時珍しく、外国人の入国に寛容だ。
    
    傭兵の出でも騎士の最高位、聖騎士の叙勲すら受けられるという。
    
    隣国との間でいまだ戦争の火がくすぶっているらしいが、だからこそ、
    
    自分のような半ば腕の錆び付きかけた傭兵ですら受け入れてくれる。
    
    
    
    港に接岸すると入国審査官がやってきて入国手続きの面倒を見てくれた。
    
    お役所とはおもえない親切な対応。やっぱり傭兵は優遇されているのか。
    
    
    
    「貴方の御武運をお祈りします」
    
    「ありがとう」
    
    
    
    船から下りると、いきなり女性の悲鳴。
    
    何かと思えば女の子がチンピラにからまれているようだ。
    
    こちとら腕がなまっているとはいえ傭兵。街のチンピラ風情に後れを取るはずもなく、
    
    一発で伸して差し上げる。
    
    
    
    「おぼえてろよ!」
    
    
    
    お約束の捨てぜりふを残し、チンピラは風のように消えた。
    
    
    
    「助けていただいてありがとうございました」
    
    
    
    彼女はソフィアというらしい。なかなかに礼儀正しい娘だ。
    
    後からきちんとお礼がしたいので名前を教えてくれという。
    
    もちろん拒否する理由もなく、こちらの名前をつげてその場は別れた。
    
    
    
    宿舎は港からは歩いてすぐのところにあるようだ。用事もないし、まずは腰を
    
    落ち着けよう。これから3年間お世話になる部屋にはいる。悪くはない。
    
    ピコじゃないがここにはけっこうお世話になるのだから、これぐらいあっても
    
    いいよな、確かに。
    
    
    
    あ、ピコっていうのはぼくの心の相棒らしい。
    
    正体がいったい何なのか自分自身良く分からない。他人には見えないらしいし。
    
    こんなこと言ってるのをあいつに見つかるとうるさい...、
    
    って言ってるそばからやめろってば。
    
    
    
    さて、こうして養成所暮らしが始まったわけだが、普段は己の鍛練のために
    
    時間を使う。剣と馬術は勿論のこと、学問やら礼法までやらされるのには
    
    まいった。
    
    
    
    教官が言うには、この国では傭兵でも騎士扱いされるからってことらしい。
    
    う〜ん、傭兵上がりでも騎士叙勲されるって裏にはこんな罠があったとは...。
    
    
    
    ある日、養成所に向かう途中、このあいだ港で助けたソフィアという娘が
    
    声をかけてきた。
    
    本当にくるとは思っていなかったのだが、お礼をしにきてくれたようだ。
    
    なんて律義な。こっちは当たり前のことをしただけのつもりなんだが。
    
    よく見るとすごくかわいい娘だからもちろん悪い気はしない。
    
    
    
    しかし、一通りお礼の言葉を言った後、何かを言いかけで慌てて逃げて
    
    いってしまった。ぼくは何か悪いことしたかな?
    
    と、首をかしげていると後ろから変なやつが現れた。
    
    
    
    「ぼくの愛しのソフィア〜」
    
    
    
    なな、なんだこいつは???
    
    
    
    ソフィアがいないのを確認するや、どこから出したのかバラの花びらを
    
    撒き散らしつつ、その変な野郎は消えた。
    
    いったいなんだってんだ?!
    
    

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    戦争

    
    さまざまな訓練を繰り返し、少しずつ昔の勘を取り戻してきたころ、
    
    ついに戦闘が始まってしまった。
    
    もともと隣国プロキアとは緊張状態にあったのだが、
    
    ついに戦端が開いてしまったらしい。
    
    
    
    傭兵としてこの国に来た以上は参加しないわけにはいかない。
    
    少しでも功績を上げられるようがんばらねば。めざせ聖騎士ってね。
    
    
    
    部隊戦では苦戦の末に辛くも勝利を得る。
    
    数の上では劣っていたのだが、こちらのほうがちょっとばかし、兵の錬度が
    
    高かったのと、陣形の展開が適切だったのだ。日頃の訓練の賜物ってやつだ。
    
    
    
    戦いの大勢が見えたころ敵の総大将が一騎打ちを挑んできた。敗残兵の撤退の
    
    時間を稼ぐつもりだろう。自分たちの教官でもあるヤング大尉が受けてたつ。
    
    二人のやり取りを聞く限りでは、どうやら敵大将とヤング大尉とは何かしら
    
    因縁があるらしい。ここで初めて教官の二つ名も聞いた。
    
    
    
    しかし...、激しい戦いの末ヤング大尉が討ち取られてしまう。
    
    何とか仇は討ったものの、これでは味方の意気も上がろうはずもない。
    
    重苦しい雰囲気を引きずったまま本陣へとひきかえす。
    
    
    
    本陣まで戻ってみると、どうやら、全体ではこの戦は負け戦だったらしい。
    
    やっぱり、ひとりの人間や一部隊の頑張りだけでは大勢を変えることは
    
    できないらしい。まあ、それが戦争ってもんか...。
    
    
    
    しかし、この後なぜかプロキアはドルファン本国に侵攻してこなかった。
    
    おかげでこの国は、今は一息つけている。
    
    だが、次からの戦いは厳しくなりそうだ。
    
    
    
    戦いから戻ってみると、意外にも国の中は戦争の緊迫感とは全く無縁の世界だった。
    
    違和感を感じないわけではないが、実際に戦いの場面が何かの機会に自分たちの
    
    ものさしで測れるところまでやってこない限り、一般の人たちにとっては
    
    自分とは関係のない、遠いところのお話なのかもしれない。
    
    
    
    それにぼくらも、いつも戦争戦争では息が詰まってしまうだろう。
    
    だから、これはこれで感謝すべきことなのかもしれない。
    
    

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    彼女の身の上

    
    日曜日は養成所のスケジュールは特にない。自由時間だ。
    
    休息を取ったり、教会に祈りに行ったり、自己鍛練をしてもいい。
    
    もちろん女の子とデートもできる。
    
    
    
    そろそろ養成所がよいの生活にも慣れてきたので、せっかくの休日を
    
    有意義に使ってみようじゃないか。
    
    何っかって?もちろんデートのお誘いに行くのさ。
    
    
    
    こないだ知り合ったソフィアって娘に声をかけてみよう。
    
    なぜか、彼女がどこにいるかはわかるんだな。
    
    きっとピコが調べてきてくれてるんだろう。
    
    
    
    ぼくは偶然を装って彼女に声をかけた。
    
    なんかすごく反応がいい。こないだチンピラから助けたってだけで好感を
    
    もってくれたようだ。
    
    
    
    少し話をして約束をとろうとしたとき、いきなり酔っ払いが絡んできた。
    
    何だこの親父は?ちょうどいいところなのに。
    
    
    
    「おとうさん...」
    
    「おまえにはジョアン君という婚約者がいるのに何だこの男は!」
    
    ...
    
    
    
    ソフィアの父親だったらしい。
    
    昔は騎士団にいたらしいのだが足を痛めて騎士を引退して以来、
    
    酒におぼれてしまったらしい。(これは後から彼女に聞いた話だ)
    
    
    
    彼女の家族とは言え、すごく不愉快だった。
    
    感情が押さえ切れず、不愉快さがそのまま口を衝いて出てしまった。
    
    しまった!と思ったがもう遅い。
    
    
    
    パンッ!
    
    
    
    ソフィアの右手が飛んできた。
    
    ぼくも驚いたがそれ以上に彼女自身が驚いていた。
    
    さすがに気まずく、二人ともその場はほとんど何も話さずに別れた。
    
    
    
    そのあと、いろいろ聞くところによると、親父さんが酒におぼれてしまったため、
    
    借金などもあって、この国の名家であるエリータスのあの気障野郎ジョアンと
    
    ソフィアは結婚することになっているのだそうだ。
    
    いまどきそんな話があるとはね...。
    
    
    
    なんだかこの時からぼくはソフィアのことが放っておけなくなってしまった。
    
    訓練の合間をみて彼女に声をかけデートに誘った。
    
    ジョアンの妨害を受けることもあったけれど、そんなものへでもない。
    
    
    
    すぐに仲良くなった。
    
    初めて会ったときからそうだったけれど、彼女はすごく礼儀正しくてやさしい。
    
    いつも自分に好意を向けてくれている。それがすごく嬉しかった。
    
    

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    オーディション

    
    出会ってから1年が経ったころ、彼女が部屋にやってきた。
    
    劇団の公開オーディションを受けるのだという。
    
    もし良ければ見にきてほしい、とのことなので、一も二もなくOKする。
    
    
    
    オーディション当日。オーディションは街のシアターで行われる。
    
    会場に着いてみると少し不安そうなソフィアがいる。やっぱり緊張しているようだ。
    
    会話を交わすうちに少しは緊張がほぐれるといいのだが。
    
    
    
    ようやく彼女の表情が少しは柔らかくなったころ、またまたジョアンが現われ、
    
    自分が審査員を買収してやるなどととんでもないことを言い出す。
    
    まったくこいつは...。
    
    
    
    確かにヤング大尉の言っていたとおりだ。
    
    こんなやからがいるから正規騎士団が腐る一方なんだよ。
    
    
    
    「そんなことをしても彼女はよろこばないよ」
    
    
    
    すかさずたしなめる。もちろんソフィアも同意する。
    
    すごすごと退散するジョアン。なんであのバカはこんなこともわからないんだろう?
    
    
    
    ソフィアは自分の力でがんばるという言葉を残して、オーディションに臨んだ。
    
    結果は落選。しかし、彼女は笑顔でぼくに向かって言う。
    
    この舞台に登る夢はあきらめないと。
    
    ぼくに出来る事は応援することぐらいだけれど、少しでも彼女を支えて
    
    あげられたらと思う。
    
    
    
    開けて月曜日の朝、もう一度ソフィアがたずねてきた。
    
    劇団から連絡があり、練習生としてやってみないかという誘いを受けたのだそうだ。
    
    そりゃあすごいや。ぼくもいっしょに喜ぶ。
    
    
    
    もちろんソフィアは参加してがんばってみるとのことだった。
    
    一日も早く夢がかなうといいね。
    
    

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    ソフィアの修学旅行

    
    ずっとこんな平和な日々が続けばいいのだが、戦争はさすがに個人の都合なんか
    
    かまっちゃくれない。否応無しに戦いはやってくる。
    
    鍛練を重ね自分も強くなっているはずなのだが、相手も戦力を強化してきている
    
    らしい。本当に厳しい戦いが続く。
    
    
    
    特に敵の大将、ヴァルハ八騎将っていうのがめちゃくちゃ手強い。
    
    ここまで生き残ってこれたのが不思議なぐらいだ。
    
    
    
    部隊戦で勝ち、彼らヴァルハ八騎将を討ち取っていくことで、勲章は増えて行く。
    
    常勝無敗の二つ名も得た。しかし、自分がいつ討ち取られる側にまわるとも
    
    限らないってことを戦のたびに思い知らされる。
    
    とにかく強くなるしかない。
    
    
    
    ある日アルバイトをしていると、ピコが”マブネタ”をしいれてきた。
    
    ソフィアたちが修学旅行に行くらしい。で、あのジョアンがソフィアを
    
    追いかけていったらしいと。
    
    なんとなくいやな予感がしたので自分もあとを追いかけることにした。
    
    
    
    修学旅行の行き先はエドワーズ島。
    
    ジョアンに港でばったり鉢合わせしてしまう。
    
    
    
    どうやらジョアンはチンピラをけしかけてソフィアを襲わせ、自分がそれを助ける
    
    というばかなことを実践してしまったらしい。
    
    馬鹿野郎、そんならこんなところでダベってる場合じゃないだろうがっ!
    
    
    
    すぐにソフィアを探し始める。ジョアンの姿は見えない。
    
    あんの馬鹿野郎は一体どこへいっちまったんだ?
    
    こんな時にこんなところで道にでも迷ってるってのか?
    
    
    
    !!
    
    
    
    ソフィアの悲鳴が聞こえる。
    
    全速力で駆けつけてみれば、以前港でソフィアに絡んでいた連中の仲間じゃないか。
    
    様子をうかがってみると..、良かった、なんとか間にあったみたいだ。
    
    
    
    今度はチンピラどものボス格だったみたいだが、強敵との実戦を踏んで来た上に
    
    怒りでブーストのかかっている今の自分の敵ではない。
    
    もちろん遠慮なんてしない。ボコボコにしてやる。
    
    (手加減はするけどね。本気でやったら葬式が必要だ)
    
    
    
    チンピラどもが消えた後、震えの止まらないソフィアがすがってきた。
    
    
    
    「もう少しこのままでいさせて...」
    
    
    
    --
    
    後からわかったのだが、やはりあの馬鹿ジョアンは道に迷っていたらしい。
    
    まったく使えねぇやつ。
    
    
    
    学校のみんなの元までソフィアを送っていく。彼女、照れて真っ赤になっている。
    
    あんなことの後とは言えとっさに抱きついてしまったことが、
    
    すごく恥ずかしかったらしい。
    
    なんだか恥ずかしがるしぐさ一つ一つが、いちいち可愛らしい。
    
    
    
    彼女もこっちのことをかなり意識しているようだが、こちらはこちらで
    
    彼女のことがすごく気になって仕方ない。
    
    さっき君がすがってきた時、ぼくも心臓が早鐘のように鳴っていたんだよ。
    
    やっぱり惚れちゃったんだよな、これは...。
    
    

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    平和な日常そして五月祭

    
    2/14、そういえば今日はバレンタインデーか。
    
    忙しさで養成所に向かう途中に義理チョコもらうまではすっきりさっぱり、
    
    そんなことはすっかり忘れてた。
    
    
    
    その日の夜、部屋に尋ねてくる人があった。
    
    めずらしい、誰だろうと思ってドアを開けてみると、何か包みを
    
    抱えたソフィアだった。
    
    わざわざ部屋までチョコを持ってきてくれたらしい。
    
    
    
    どうもありがとう。こういうのってやっぱり何か照れるね。
    
    ソフィアも真っ赤になってそそくさと帰って行ったけど。
    
    
    
    1ヶ月後、ホワイトデーのお返しはもちろん彼女に。
    
    すごく喜んでくれた。こういうときにもこの娘はすごく素直な反応を返してくれる。
    
    彼女らしさが良くあらわれていると思う。やっぱりいい娘だよね。
    
    
    
    しかし、義理とは言えチョコをくれたほかの娘たちにはなにもしなくてもいいもの
    
    だろうか?うーん。
    
    
    
    前回の戦闘から半年が経ち、また五月祭の季節がやってきた。
    
    戦争の話題が人々の世間話からも消え、平和なムードが満ちている。
    
    ここのところドルファン側が押しているのにくわえ、相手がどうも内輪もめを
    
    やらかしているらしい。
    
    おかげで国もぼくら傭兵もこうして一息つけているというわけだ。
    
    
    
    ただ、この期間がむこうのごたごただけによるものならばいいのだが、
    
    ここまで何もないというのはある意味不気味でもある。
    
    いやな予感が杞憂であってくれることを祈るだけだ。
    
    
    
    もちろんぼくは平和ボケしているつもりはない。着実に鍛練をこなしている。
    
    確実に強くなっているはずだ。自分で自分の進歩の度合いが分かる。
    
    そういうところまで来た。
    
    
    
    今は以前とは違う、守らなきゃいけない人がいる。
    
    負けるわけにはいかないんだ。
    
    
    
    五月祭当日、ソフィアがわざわざ部屋まで迎えにきてくれた。
    
    もともとこちらから誘いに行くつもりだったし、即OKする。
    
    
    
    今年の五月祭ではぼくではなく、ソフィアが舞台に上がることになった。
    
    去年までは出たくもないコンテストに頭数あわせで引っ張り出されていたんだよね。
    
    まったく迷惑な話だ。
    
    
    
    今年ソフィアが呼ばれたのは、これまた五月祭恒例の花嫁コンテスト。
    
    だれを花嫁にしたいか、会場の投票で決めるというもの。
    
    もちろんぼくはソフィアに投票する。
    
    
    
    さて、注目の結果発表。
    
    
    
    みごとソフィアが優勝!
    
    舞台の上では、お世辞抜きで彼女が一番輝いて見えたもの。当然の結果だよね。
    
    当たり前だけど、彼女すごく嬉しそうだ。投票した僕も何か誇らしい気分だ。
    
    だけど表彰の後、彼女はぼくのところに戻ってきてこう言ってくれた。
    
    
    
    「優勝したことよりも、貴方が投票してくれたことのほうが嬉しかった」
    
    
    
    と。
    
    
    
    その後も、彼女とはこまめに会うようにしていた。
    
    彼女といるとほっとするし、何よりすごく楽しい。
    
    自分に戦争以外の普通の生活があったことを思い出させてくれる。
    
    
    
    ある日、養成所から帰ってくつろいでいるところにソフィアがたずねてきた。
    
    誕生日のプレゼントをわざわざ届けてくれたのだ。
    
    
    
    「ありがとう、大切にさせてもらうよ。」
    
    
    
    それだけのことで真っ赤になる彼女。そそくさと帰って行ってしまった。
    
    う〜ん、かわいい。まったくソフィアらしいというのか...。
    
    
    
    こんなことなら、最初にこの部屋にたずねて来るのって
    
    すごく大変だったんじゃないかな?
    
    でも、そこを思い切るのもまた彼女らしいところなのだと思う。
    
    
    
    普段控えめでおとなしい彼女だけれど、実は心はすごく強い。
    
    それは多分ぼくが一番良く知っている。
    
    

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    決戦の予感

    
    9/22、幾度か目の戦端が開いた。
    
    相手国の戦力の主力はヴァルファヴァラハリアンという傭兵の集団。
    
    度重なる戦闘で先頭に立つ八騎将のうち何名かを失い、かなり力を落として
    
    いるはずだ。
    
    
    
    予想通り、やはり向こうの事情もかなり苦しいらしい。今回の戦闘ではついに、
    
    参謀格の男が登場してきた。
    
    
    
    ということはこれを打ち破ればドルファンの勝利がようやく見えてくるかもしれない、
    
    そういう重要な一戦になるかもしれないということだ。
    
    今までにも増して気合いが入る。
    
    絶対に勝つ。
    
    
    
    部隊戦は数でも兵の実力でもそして勢いでも完全に相手を凌駕する。
    
    もう、前回の戦いぐらいから流れはドルファン側にあったのだ。
    
    いったん流れが傾いてしまうと、それはもう簡単に動かせるものじゃない。
    
    敵大将も討ち取り、ぼくらの部隊は大勝利となった。
    
    
    
    しかし、さすがに敵参謀もしっかりと策を講じていたらしい。
    
    見事な奇襲を受け、ドルファン側も非常に大きな痛手を受けていたのだ。
    
    敵を追い落とす絶好の機会になるはずだったのに、追撃戦を行うだけの余力は
    
    残っていなかった。まだ戦いを終わらせることはできなかった。
    
    
    
    しかし、ヴァルハ側も追いつめられている。
    
    そろそろこの戦争も決戦となる予感がある。
    
    
    
    相手の戦力はそろそろ限界が近いはず。
    
    次の戦闘ではおそらく総力戦を挑んでくるはずだ。
    
    その戦いでこの国の行方が決まることになる。
    
    

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    収穫祭

    
    戦線から戻ってみると、もう収穫祭の時期になっていた。
    
    会場に出かけソフィアの姿を探す。
    
    
    
    普段、髪を下ろしている彼女だけれど、収穫祭のときはアップにする。
    
    着ている服装の関係もあるのか、この時の彼女は少し大人びて見える。
    
    すごくきれいだ。でも、直接話すと彼女はまた赤くなって固まって
    
    しまうから、この言葉は胸のうちにとどめておこう。今はね。
    
    
    
    収穫祭では毎年剣術と、馬術の大会があって、優勝者にはそれぞれの
    
    チャンピオンの称号が与えられる。
    
    さて、今年はどちらの大会に参加しようかな。
    
    
    
    今の自分にとっては実はどちらの大会も楽勝ではあるんだけれど、
    
    やっぱり称号をもらえるってのはそれなりに誇らしいものだ。
    
    じつはそれよりも、ソフィアにいいところを見せられるって言う
    
    下心のほうが大きかったりするんだけれどね。
    
    
    
    今年は剣術大会に出てみることにしよう。
    
    
    
    予想通り、大きな波乱もなく順調に勝ち進み剣術チャンピオンになる。
    
    これは来年からぼくは参加しないほうがいいようだな。
    
    ちょっとほかの参加者とはレベルが違いすぎちゃったみたいだ。
    
    
    
    スポーツの延長で剣術を学んでいる彼らと、生き残るため術として学ばざるを
    
    えなかったぼくとではもう根本的なところから剣術の意味が違っているのだ。
    
    
    
    大会の後、表彰式でいろいろとイベントがあったり商品ももらったけれど、
    
    やはりソフィアのもとに戻ったときの彼女の笑顔と言葉がぼくにとっては
    
    最高の賞品だった。
    
    
    
    ありがとう。その笑顔が見たかったんだ。
    
    

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    クリスマスイブ

    
    今年の冬は例年よりもずいぶんと冷え込むようだ。
    
    ドルファンは欧州の中でも南に位置していて冬はあまり厳しくないのだが、
    
    今年は冷たい木枯らしの吹く日が多いようだ。
    
    
    
    今年のクリスマスイブはまさにそんな日だった。
    
    
    
    ひょんなことでプリシラ王女と知り合いになったため、毎年この日は
    
    王城で開かれるクリスマスパーティーの案内が送られてくる。
    
    今年ももちろん参加する。
    
    (あの王女様、お忍びで町中に出てくるんだぜ。おっとこれはここだけの話ね)
    
    
    
    会場でソフィアとばったり出会う。
    
    しばらく会話を交わしたあと彼女は挨拶する人がいるとのことで、
    
    会場の奥のほうへ行ってしまった。
    
    彼女の父親は元騎士だったから、こういう場所にはたくさん挨拶にまわらなくちゃ
    
    いけない人がいるんだろう。しかたないか。
    
    
    
    この後、ほかにも何人かの知り合いと会って会話を楽しむ。
    
    この国はこの日に関しては本当に一般に向けて城を開放する。
    
    パーティーには王女が直々におでましになるし。こういうところからも
    
    この国の王家が民衆の支持を集めている理由が分かる気がする。
    
    
    
    やがてダンスの時間。
    
    偶然にもダンスパートナーはソフィアだった。
    
    巡り合わせに感謝しなきゃね。
    
    
    
    パーティーは夜遅くまで続きお開きとなった。参加した人々がわざわざと
    
    家路に向かう。ぼくもそろそろ帰ろうかと城門を出てみると、
    
    ソフィアが立っていた。
    
    この寒い中、わざわざぼくを待ってくれていたらしい。
    
    
    
    「イブの夜を二人で歩けるなんて。」
    
    
    
    それはこっちの台詞だよ。
    
    こんな寒い中わざわざどうもありがとう。
    
    
    
    と、彼女が空を見上げて歩みを止める。
    
    
    
    「この白いもの何かしら。
    
      空からどんどん降りてくる。きれい..」
    
    
    
    なんだろう、と僕も空を見上げてみれば、それは雪だった。
    
    そうか、この国の若い人たちは雪を知らないんだ。
    
    
    
    ホワイトクリスマス。
    
    最高のイブかもしれない。
    
    雪の降るなか、二人で肩をならべて歩く。
    
    宿舎までのわずかな時間がすごく幸せな時になった。
    
    もし、いるのならば神様にに感謝しなくては。
    
    

    [ | | | |]

    シルベスター

    
    年末のいろいろな行事、準備でどたばたしているうちにあっというまにおおみそか。
    
    今日はシルベスターの日。みんなで集まり新年をカウントダウンで迎えるのだ。
    
    夜、適当な時間になったのでそろそろ出かけようかと思ったころ、ソフィアが
    
    迎えにきてくれた。
    
    
    
    いつも悪いね、こんなところまで。
    
    ぼくのほうからエスコートしてみたいんだけれど、君の自宅まで行くと
    
    親父さんに悪い気もするしなぁ。
    
    などと考えつつ、二人で会場へ向かう。
    
    
    
    カウントダウンを聞きながら、ぼくは別のことを考えていた。
    
    ドルファンとの傭兵の契約期間はあと3ヶ月。
    
    この国自体も気に入っているし、何よりもこの国には彼女がいる。
    
    契約は更新しよう、できれば、正規に採用してもらいたいな、正直そう思った。
    
    
    
    いままではどこに根づくでもなくふらふらと流れてきたけれど、そろそろ
    
    一個所に根をはる時期が来たのかもしれない。
    
    
    
    「...ゼロー!」
    
    
    
    おっと、考え事をしているうちに年が変わってしまったようだ。
    
    
    
    「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
    
    「こちらこそよろしく。」
    
    「今年もいい年にしたいですね。」
    
    
    
    型通りだけれど心のこもった挨拶を交わす。
    
    本当にそうだね、今年もいい年でありますように。
    
    君がずっと笑顔でいられますように...。
    
    

    [ | | | |]

    ソフィアの入院

    
    1/25、ピコがソフィアからの手紙を持ってきた。
    
    今日シアターで彼女が練習生としてやってきた劇団の公演があり、
    
    彼女も端役ではあるが舞台に立てることになったのだそうだ。
    
    それは見に行かなくっちゃ。早速シアターに出かけることにした。
    
    
    
    シアターについてみると、演劇の公開なんて感じじゃない。
    
    周りがやけに緊迫している。
    
    何だろうと思いつつシアターに入ろうとすると、上官のメッセニ中佐に止められた。
    
    
    
    シアターで爆弾テロがあり、現場検証のためシアターは立ち入り禁止になっている
    
    という。特に舞台周辺の被害が大きかったそうだ。
    
    
    
    メッセニ中佐と検証にあたっている正規兵の会話を聞いていると、
    
    どうもなんたらとかいう名前の燐光石の貿易を一手に握っている人物を狙った
    
    爆弾テロだったらしい。
    
    
    
    が、ぼくはそんなことはどうでも良かった。
    
    ソフィアは?ソフィアはどうなったんだ?
    
    
    
    ピコが情報を仕入れてきた。
    
    どうやらソフィアも爆発に巻き込まれてしまったらしいというのだ。
    
    舞台周辺の被害が一番ひどく、舞台関係者と客席の前列の観客はほとんど
    
    病院に運ばれたと。なんてことだ...。
    
    
    
    たった一人の人間を始末するために、周りの何も関係ない人間まで平気で
    
    巻き込むテロリストどもにものすごい怒りを覚えたけれど、今はそんなものよりも
    
    ソフィアの容体のほうが心配だった。とにかく病院へ急ぐ。
    
    
    
    面会にいくと親切な看護婦がソフィアの病室まで案内してくれた。
    
    病室に入る。心臓が痛いぐらいにうっている。
    
    ソフィアは、彼女は大丈夫なんだろうか?
    
    
    
    ドアを開ける...。
    
    良かった大きな外傷はないみたいだ。良かった...。
    
    だけど、妙に元気がないというか、無気力に見える彼女。
    
    いったいどうしたのだろう?
    
    
    
    看護婦がソフィアの症状をぼくに教えてくれた。
    
    ソフィアは声を失ってなっていると。
    
    
    
    肉体的なものではなく、爆発のショックから来る精神的なダメージが大きい
    
    ということらしい。それはそうだ。タイミングが悪すぎる。爆弾テロ自体が
    
    ショックだろうし、それに加えて彼女が待ち望んでいたであろう初舞台の日
    
    だったのだから。
    
    
    
    看護婦の話によれば、とにかくいたわってあげることが一番の薬になるという。
    
    それぐらいなら、と、看護婦には約束をする。というかぼくにはそれしか彼女に
    
    してあげられることがないのだから。
    
    
    
    とにかくまたお見舞いに来ることをソフィアと約束して今日は帰る。
    
    だが、彼女は、ソフィアはもう一度歌を歌えるのだろうか?
    
    
    
    それからは毎週末、ソフィアのところに通った。
    
    なかなか声のほうは直らない。だけど徐々に彼女の表情が
    
    柔らかくなっていくのが分かった。
    
    それだけでも自分がここにいる意味があると思った。
    
    
    
    彼女の病室に通い始めて何週間かたったころ、病室には今までよりもずっと
    
    明るい表情のソフィアがいた。ようやく声が戻ったのだ。
    
    
    
    おめでとう、といいかけたぼくに彼女が話し掛けてくる。
    
    声は戻ったのだけれど、大きな声はだめなのだと。声が割れてしまって、
    
    もう歌は歌えないのだと..。
    
    最後のほうはもう声になっていなかった。
    
    
    
    言葉が出なかった。
    
    舞台に立ち、観客に歌を聴かせる夢をずっと追い続けてきた彼女なのに。
    
    その夢をくだらないテロに奪われてしまうなんて。
    
    
    
    うわべだけの言葉にしかならないことは分かっていたけれど、慰めの言葉を
    
    探す。それしか今は出来る事がない。
    
    
    
    「そうですね、命があっただけでも感謝しなくちゃ。」
    
    
    
    けなげにも彼女は笑ってみせる。
    
    なんだかたまらない気持ちになる。
    
    
    
    とりあえず病院から出よう。こんなところにいたんじゃ気も晴れない。
    
    とりあえず海にでも行こうよ。きっと少しは気が紛れるから..。
    
    
    
    ソフィアはびっくりした様子だったけれど、またちょっとだけ笑顔を見せて
    
    同意してくれた。
    
    
    
    海まで行くつもりだったのだけど、やはりソフィアは体が本調子ではなかった
    
    ようだ。駅までの道のりが遠く、休み休みすすむ。やっぱり無理をさせるべきでは
    
    なかったのかもしれない。
    
    
    
    駅に着いたときにはすでに夕焼けの時間だった。
    
    
    
    「すみません、わたしが休み休み歩いたから..。」
    
    
    
    そんなことはないよ、無理をさせたぼくのほうが悪かったんだ。
    
    
    
    これは海まで行くのはちょっと辛いか、やっぱり病院に戻るべきかと思い始めた
    
    とき、どこからともなく美しい歌声が聞こえてきた。
    
    
    
    それまでうつむいていたソフィアが、歌を聴いて何かを思い出したかのように
    
    顔を上げる。歌の聞こえる海岸のほうに行ってみましょうという彼女。
    
    いったい何があるのだろう。
    
    
    
    海岸に出てみると歌ははっきりと聞き取れるようになった。
    
    歌声のするほうに歩いて行くとやがて人影が現れる。アンだった。
    
    突然現れて、ぼくに友達になってくれと話しかけてきた、どこか不思議な
    
    雰囲気をまとう女性。
    
    
    
    近づいていくと歌が止まった。
    
    アンがぼくらに気づいたらしい。
    
    
    
    「こんばんは」
    
    
    
    アンが話し掛けてきた。
    
    ソフィアとアンも挨拶を交わす。
    
    と、アンが問い掛けてくる。
    
    
    
    「あの...、お二人は恋人か何かで?」
    
    
    
    ぼくは、そうだと答える。驚くソフィア。
    
    アンの目に涙が浮かぶ。
    
    
    
    「わ、わたしお邪魔みたいですね。
    
      わたしなんで泣いてるんだろう。ばかみたい...。」
    
    
    
    もう、さすがに鈍いぼくにでもわかる。
    
    そ、うか、アンがいつも見せてくれていた好意の意味は...、
    
    そういう事だったのか。
    
    
    
    しばしの沈黙が流れ、ソフィアが切り出す。
    
    
    
    「アンさん、彼のことが本当に好きなんですね」
    
    「ソフィアさん?」
    
    「...わたしあなたのこと、思い出しました」
    
    
    
    アンはソフィアにとっての恩人だったらしい。
    
    昔まだ子供のころ、ダナンという街で迷子になって泣いているソフィアを、
    
    歌で慰めてくれたのがアンだったのだそうだ。
    
    そしてその時のことがソフィアが歌の道を目指すきっかけになったのだそうだ。
    
    
    
    そしてソフィアはアンの歌をもう一度聴けたことで、また歌を歌う勇気が
    
    湧いてきたと。
    
    
    
    「彼女、本当に貴方のことが好きみたいですよ。
    
      アンさんの気持ち受け止めてあげてくださいね。」
    
    
    
    驚くアンの言葉を自分にはジョアンという婚約者がいる、と言って遮り、
    
    そして、ソフィアはさよならの言葉を残して走り去ってしまった。
    
    夕暮れの時間はとうに過ぎ、はっきりとは見えなかったけれど、
    
    確かにソフィアは泣いていた。
    
    
    
    ぼくは彼女の後を追い掛けられなかった。
    
    

    [ | | | |]

    決戦

    
    あの後、ソフィアは病院を退院できたことの報告に来てくれた。
    
    だけど、その時は何も問い掛けられる雰囲気ではなかった。
    
    でもぼくは、あの時のさよならの意味を確認したかった。
    
    もう一度会って話をしてみたかった。
    
    
    
    けれど時間がない。
    
    戦争はそんな個人の想いなぞ関係なく動いていく。
    
    次の週末、招集がかかった。
    
    
    
    3/2、ついにこれが最後となるであろう戦いが始まった。
    
    プロキア軍もドルファン軍も総力をあげた戦い。
    
    ここまではドルファンが有利に戦を進めてきたし、流れもこちらにある。
    
    だが、もし、ここで負けるようなことがあればドルファンもただでは済まない。
    
    だからこそ、今度こそ、戦争を終わらせなければ。
    
    
    
    敵方も決死の覚悟で戦いを挑んできていて、一歩も引く気配がない。
    
    むしろ特攻に近いような捨て身の攻め。結果、双方膨大な犠牲を出す消耗戦に。
    
    こうなると確かに数に勝るドルファンに分はある。
    
    だがしかし、これは戦闘としては最悪のものだ...。
    
    
    
    敵本陣まで目前に迫ったとき、負けを覚悟した敵総大将が一騎打ちを挑んでくる。
    
    もう既に戦いの行方は決している。が、最後の幕引きはきっちりとしなくては。
    
    
    
    強い。
    
    さすがにあのヴァルファバラハリアンを率いてきただけのことはある。
    
    まったく気を抜ける瞬間がない。
    
    
    
    だが、若さの分だけぼくに目があったのかもしれない。
    
    あるいは、守らなければいけないものへの想いの強さが勝っていたのかもしれない。
    
    長い長い戦いの末、ぼくはついに自らの手で長かった戦争の幕を引くことになった。
    
    総大将が倒れたことにより、ヴァルファバラハリアンは瓦解したのだ。
    
    
    
    この戦いのあと主戦力であったヴァルファバラハリアンを失ったプロキアは
    
    敗北を認め、ドルファンとの交渉のテーブルにつくことになった。
    
    ようやくこの国にも平和が戻るのだ。
    
    

    [ | | | |]

    ソフィアの決断

    
    戦場から戻って一夜明けてみると、ジョアンからの果たし状が届いていた。
    
    銀月の塔で決闘を申し込むと。
    
    大体、何のための決闘かは想像がつく。こちらに引く理由はない。
    
    
    
    決闘の時間が近づき銀月の塔に向かう。
    
    見届け人としてジョアンはソフィアを連れてきていた。
    
    ソフィアが叫ぶ。
    
    
    
    「やめてジョアン!こんなことしても意味ないじゃない!!」
    
    
    
    ジョアンが答える。
    
    
    
    「意味がない?そんなことはない。
    
      君は、この東洋人が好きなんだ。ぼくを見てない。
    
      君もぼくをママの操り人形だと、木偶の坊だと思っているんだ!
    
      あああああ!!!」
    
    
    
    ジョアンが壊れた。
    
    半狂乱の状態で切りかかってくる。
    
    思っていたよりずっと繰り出す攻撃は鋭い。ただのボンクラというわけでは
    
    なかったということか。
    
    
    
    しかし、あくまでも実戦を経験していない素直すぎる剣。
    
    遠征の直後という条件の元でも今のぼくの相手ではなかった。
    
    
    
    「ま、負けた?
    
      エリータスのぼくが、最高の聖騎士だったパパの血を引くこのぼくが...。」
    
    
    
    いまさら何を言っているんだか。血だけで個人の力が決まるものか。
    
    大切なのはその人間がそれまでに何をやってきたかってことだろうが。
    
    
    
    「ぼくは、だめなのか?
    
      やっぱりぼくはママの操り人形なのか?」
    
    
    
    自棄になったらしいジョアンが叫ぶ。
    
    
    
    「殺せー!
    
      もういやだ、もう殺せーっ!!」
    
    
    
    ぼくは剣を引くでもなくその様子をただあっけにとられて眺めていた。
    
    こいつにもこいつなりに苦しんでいるものはあったのだ。
    
    それにこうして決闘を挑んでくるあたり、借金の話などは抜きにしても
    
    こいつのソフィアへの想いも案外本物であったということか..。
    
    
    
    と、ソフィアがぼくとジョアンの間に割ってはいる。
    
    
    
    「勝負は決まりました。あなたの勝ちです。もう剣をおさめてください。
    
      ジョアン、わたしあなたの元へ行きます。
    
      もうだれも傷つけません。あなたも、父も...。」
    
    
    
    そして、ぼくに向かって
    
    
    
    「わたし、あなたに会えて嬉しかった。
    
      わたし、いつからか...、あなたとのことが...。 
    
      さよなら」
    
    
    
    それだけの言葉を残すと、彼女は展望台の階段を駆け降りていってしまった。
    
    こぼれる涙もぬぐわずに。
    
    
    
    ジョアンがぼそりとつぶやく。
    
    
    
    「東洋人..。ぼくは、勝ったのか?
    
      ソフィア、泣いてた...。」
    
    

    [ | | |]

    明日を夢見て

    
    あけて月曜日、朝から入国管理官のご訪問を受ける。
    
    外国人を排斥する法案が急遽まとまったらしい。
    
    傭兵契約が切れたらとっとと出て行けだと。
    
    
    
    勝手なものだな。
    
    戦争はぼくらに頼りっきりだったくせに、終わってしまえばとっとと追い出すか。
    
    まあ、国なんてそんなものか。
    
    
    
    それに、もうこの国に根を下ろさなくちゃ行けない理由は
    
    なくなってしまったしな。もうどうでもいいや。
    
    すっかり気が抜けてしまったぼくは契約の切れる日、最後の叙勲式の日までを
    
    ただぼーっと無為に過ごした。
    
    
    
    3/15、いままでの傭兵としてあげてきた戦績が公に評価される日。
    
    傭兵としての契約の最後の日。そしてドルファンで過ごす最後の...。
    
    
    
    夕刻、叙勲式に向かおうとしたその時、ピコが慌てて飛び込んでくる。
    
    これからジョアンとソフィアの結婚式があるという。
    
    場所は町外れにある教会。
    
    
    
    正直言って迷った。
    
    あのときソフィアからさよならを言ったのだ。
    
    もうぼくが口をだせる問題じゃないのではないだろうか?
    
    
    
    自分の胸に聞いてみる。
    
    
    
    それでも、それでも、ぼくはもう一度、ソフィアの本当の気持ちを確認したかった。
    
    あの夜の海辺での涙は、そしてあの銀月の塔での涙の意味は...。
    
    ぼくはいつの間にか走り出していた、教会へ向かって。
    
    
    
    教会につくとすでに式は始まって、新郎新婦の宣誓の場面になっていた。
    
    神父がソフィアに意志を問う。しかし、ソフィアは答えない。
    
    再び神父が意志を問う。だが、ソフィアは硬く口を閉ざし答えようとしない。
    
    
    
    ピコが口を出す。
    
    
    
    「きみ、男ならこういうときどうするの?」
    
    
    
    そんなもの決まってるだろ?
    
    心の中で答えながらぼくは礼拝堂扉を勢いよく開き、一歩踏み出し、
    
    そして彼女の名を叫ぶ。
    
    
    
    「ソフィア!」
    
    
    
    参列していた人々が一斉に振り向く。礼拝堂がざわめく。
    
    彼女もこちらをゆっくりと振りかえる。
    
    一瞬目がさまよった後、彼女の視線がぼくの顔のところでとまる。
    
    ぼくの姿を確認すると彼女の顔がぱっと輝く。
    
    
    
    ぼくは大きく腕を広げもう一度彼女を呼ぶ。
    
    彼女はジョアンの手を振り払い、駆けだし、ぼくの胸に飛び込んでくる...。
    
    
    
    あとは良く覚えていなかった。
    
    とにかく二人で手を取り合って必死で走った。
    
    夢中で飛び乗った馬車をおりると、そこはシアターの前だった。
    
    
    
    「貴方ともう一度ここに来たかったんです。」
    
    
    
    そう言うとソフィアはシアターの中へ入っていった。
    
    
    
    公演を行っていないシアターの中は本当に物音一つないほど静かだ。
    
    二人の足音だけが響く。
    
    静寂の中でソフィアが話し出す。
    
    
    
    「来てくれるような気がしていました。
    
      勝手ですよね、望まない結婚なら結婚式なんか出なければいいのに。
    
      もっと前に逃げ出せばいいのに。」
    
    
    
    ソフィアは続ける。家族のために恩人であるアンのためにと自分を殺して
    
    しまうそんな自分がいやだったと。そんな自分を変えたかったと。
    
    
    
    「わたし、前から貴方のことが好きでした。
    
      言葉に出して言えなかったけれど、以前からずっと...。」
    
    
    
    「でも、今なら言えます。
    
      愛してる、って。」
    
    
    
    そういうと、ソフィアは舞台に向かって歩き出した。
    
    照明が舞台の彼女を照らす。
    
    
    
    「聞いてください。貴方のために、いえ、貴方のためだけに歌います。
    
      二人の明日を...。」
    
    
    
    そしてソフィアの歌声が二人だけのシアターに響きだす。
    
    彼女の気持ちがぼくの心に満ちる。
    
    
    
    ぼくは明日にはこの国を出なくていはいけないし、今日のことでエリータス家との
    
    間に遺恨を残してしまったかもしれない。彼女の家の事情もある。
    
    だけど、彼女と二人ならばなんでもできるんじゃないか、本気でそう思った。
    
    
    
    彼女はぼくのために、自分を変えるための一歩を踏み出してくれたのだ。
    
    だから、今度はぼくの番。
    
    彼女の想いを受け止めるために、ぼくにできる限りの事をしよう。
    
    
    
    彼女の笑顔を守るために。
    
    

    Original Copy Right by KONAMI,1998.
    Copy Right of this Story by azure,1998.
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